百合の剣
一三七○年十月二日。その日、デュ・ゲクランはあるじである王、シャルル五世によってフランス大元帥に任じられることになっていた。
――ああ、やだなあ。俺は大勢の前に出るような儀式は苦手なんだよな。
デュ・ゲクランはそう思った。デュ・ゲクランは珍しく憂鬱だった。デュ・ゲクランは小さくため息をついて、毛の少なくなった頭をぼりぼり掻いた。
五十になった今でも、顔を大勢の人間に見られることがいまだに怖かった。自分の顔を見た瞬間の、人の表情。あれを見るのが怖い。あの表情を見ると――母との確執を思い出す。
――ああ、いけねえいけねえ。
腹が立ってきた。こんな時に限って――
デュ・ゲクランは周囲に悟られないように、湧き上がった気持ちに蓋をした。
大広間にデュ・ゲクランが現れると、居並ぶ者たちは驚いた。
なんだ……あの顔は。
口々にそう言っているように聞こえる。
――あっ……やべえ……
デュ・ゲクランは人の視線が自分の顔に集中するのを感じた。案の定だ。
――帰りてえ……
デュ・ゲクランは思わずうつむいて、顔を見られないようにしようとした。やっぱり俺には無理だ。俺はやっぱり醜男だから……
デュ・ゲクランがそう思った時だった。
「デュ・ゲクラン殿」
あるじの優しい声がした。
デュ・ゲクランは顔を上げた。
あるじ――シャルル五世が微笑んでいた。そしてデュ・ゲクランと目を合わせて、合図のように頷いてくれた。
――陛下……
デュ・ゲクランはハッとした。そうだ。俺はこの方に仕えているんだ。周りのことなんて気にしちゃいられねえや。俺の仕事はこの方のために働くことなんだ。
デュ・ゲクランは自分に喝を入れるために自分の頬をばしっと叩いた。
「――デュ・ゲクラン殿、これへ」
あるじの声に、彼は一歩踏み出した。
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